高校時代の恩師 谷先生との写真

高校時代の恩師 谷啓介先生と

院長の日野です。
先日、故郷の大阪に帰りまして、中・高の同期会に参加してきました(わたしの母校は、土佐中・高みたいな中高一貫校なんです)。
実に21年ぶりの友との再会。かつてのクラスメイトが、それぞれの場所でがんばっていることに勇気をもらい、それでいて昔と変わらぬ笑顔にこころほどかれ、とても良い時間を過ごすことができました。

中でも、高校2年から卒業までお世話になった恩師・谷啓介先生との再会は、特に思い出深いものとなりました。
なぜって? それは、わたしがとてつもなく不真面目な生徒だったからです。

進学校だった 我が母校、みんな高2高3ともなれば一流大学の受験に向けて勉強するのが当たり前でした。特にわたしは医歯薬理数系進学を狙うクラスで、級友の何人かは東大や京大を目指し、悪くても旧七帝大を狙うのは当たり前な空気。
そんななか、わたしはただひたすら趣味と恋に没頭していました
漱石の魅力にとりつかれ、村上春樹にもはまり、養老孟司先生の「唯脳論」との出会いから西洋哲学に導かれ、ソクラテスからデカルトまでは押さえていました。
休みの日には、彼女と民俗学博物館や浮世絵美術館を巡り、ときどき落語を聞きに行ったり……。
楽しい高校生活ではありましたが、身につくのは幅広い文系の一般教養と女性の扱い方ばかり。理系メインの学校の成績が良いはずありません。
というワケで、わたしの成績は常にクラス最下位模試の志望校合否判定はE(合格率5%未満)しか出ませんでした。

そんなわたしに、担任の谷先生はじめ多くの先生が、テコ入れしてくださいました。小テストを作ってくれたり、試験問題を振り返るノートを作りを課してくれたり、個別に弱点補強をしてくれたり、それはもういろいろやってくださいました。しかし、わたしはそれをこなす努力を可能な限り避け、とにかく自分の好きなことばかりを貫き通してしまったのです。
その後、奇跡的に現役で地方の私立歯学部に入学し事なきを得ましたが、今から振り返れば、先生方に対してなんと失礼なことをしていたことか……。
というわけで、恩師との挨拶はまず「先生、申し訳ありませんでした」からでした。

でも、谷先生は、そんなわたしの懺悔を笑って受け止め、こうお返事をくださいました。
「日野、おまえはそのことを振り返って、反省できたんだろ。それでいいじゃないか。その経験があれば、自分が指導者として下の者に接したとき、中に課題を出さないヤツがいても、理解を示してやれるだろ」
単なる懺悔のつもりが、恩師からマネジメントのアドバイスまでいただいてしまいました。
まったく、いつまでたっても、頭があがりません。
良い師匠に恵まれたことを、こころから感謝 した1日でした。

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